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CEO承継における多様性の重要性:パイプライン問題の克服法

2023年9月

2022年5月、Fortune誌から毎年恒例の「Fortune 500」が発表された。当初は、Fortune 500企業の女性・黒人経営者が「過去最多」など、我々に期待させるような見出しが躍り、これまでになかったマイルストーンに希望を見出すも、さらに読み進めたところですぐに現実に引き戻されることになる。500名のCEOのうち黒人はわずか1.2%、つまり6名に過ぎないのだ。この中のウォルグリーン・ブーツ・アライアンスのロズ・ブリュワー氏およびTIAA-CREF(全米教職員保険年金協会・大学退職年金基金)のタスンダ・ブラウン・ダケット氏の2名は女性CEOでもある。女性CEO自体は、大企業500社におけるCEOの8.8%に相当する144名である(訳注:日経225社の代表取締役社長・代表執行役社長における女性はトレンドマイクロ(株)のエバ・チェン氏1名、TOPIX 100社では女性はいない)。

2020年の米国国勢調査によると、民間労働力人口に占める女性の割合は58.7%であり、純粋なアフリカ系アメリカ人を自認する人は、全人口の13.4%を占めた(訳注:2022年の労働力調査によると、日本の労働力人口に占める女性の割合は44.9%である)。この中で、Fortune 500のトップにおける女性および有色人種の占有率の低さは顕著であり、緊急の課題である。公正性と包摂性は、社会の結束とシステムの信頼性の根幹であるだけでなく、純粋に経済的な観点からも、社会のこうした幅広い層の人々をリーダーシップから排除することで生じる機会損失は甚大である。

トップの承継はなぜこれほど困難なのか?まず第一に、大企業におけるリーダーシップのパイプラインには、明らかに多様性が欠如している。従い、これまでマイノリティーとされてきたグループに属する候補者は「部外者」であるという意識がさらに強まるため、結果的にCEO候補者数が減少し、現状維持思考が強まるのである。

  • 2020年にスタンフォード大学がフォーチュン100社を対象に実施した調査1によると、経営幹部における女性の占有率は25%であったものの、CEOや社外取締役への昇格の可能性が高い役職(CEO、CFO、P&L責任を伴う事業部門長)における同占有率はわずか13%であった。また、これまでマイノリティーとされてきた人種・民族出身のリーダーの占有率は、経営幹部においてわずか16%、CEOや取締役への昇格の可能性が高い役職では13%であった。
  • スペンサースチュアートの独自調査から、CEOへの昇格頻度が最も高い役職において、女性は圧倒的にマイノリティーであることが明らかになった。CEOへの昇格頻度が最も高いCOOおよび事業部門長という2つの役職における女性の占有率はわずか4%、CFOや経営幹部よりも下の階層から昇格する「飛び越し型」リーダーのポジションにおける占有率も10%に留まっている。パフォーマンスに性差は認められないものの、CEOへの主要なキャリアパスにおいて、女性が未だに平等なアクセス権・地位を獲得できていないことが伺える。

取締役会、CEO、CHROはCEOのサーチと承継計画の手法を今一度見直し、3年後、5年後、そして10年後にあらゆる経歴の人材がより多く対象となるよう取り計らわねばならない。そのためには、以下の6領域において一貫した意識的な取り組みが必要である。

  1. 意識的な目標設定
  2. 多様なリーダーシップパイプラインの早期構築
  3. 選任段階までの候補者プールの多様性維持
  4. 重要な職務経験とポテンシャル評価のバランス
  5. 偏見の軽減に向けた教育と注意喚起
  6. 選任後の成功に向けたサポートの提供

包摂的なサーチや承継計画のプロセスは、偶発的に実現するものではない。新CEOの選任を任うリーダーが最初に期待値として明示すべきことは、最高の手腕を持った人材をプロセスの各段階において幅広く見出せるような、包摂的なプロセスである。業界によっては、マイノリティーとされるグループからの人材発掘は難易度が高い。この課題を抱えるリーダーは、チームやアドバイザーに対して、各役職の必須要素を検証した上で、幅広く創造的な思考で次世代のリーダーを探すよう強く働きかける必要がある。彼らは、包摂性の価値を組織戦略やパーパスと関連付けながら、プロセスの中に、女性のほかこれまでマイノリティーとされてきた人種・民族に属する人々の機会を制限するような偏見が入り込むことがないようにせねばならない。最終的に「多様性豊かな成果」が得られなかったとしても、タレントプールの拡大、戦略目標に対する仮説検証に加えて、将来的な人材の豊かな鉱脈の特定が可能になるのである。

CEOのリーダーシップ・パイプラインの多様化推進に際してまず着手すべきことは、CEO・経営幹部就任への共通ルートの定義および、その評価・選任プロセスの各段階における多様かつ優秀な人材の確保である。

そのためには、取締役会、CEO、CHROが承継計画を早期に開始し、最も可能性の高い後継者のみならず、ハイポテンシャル人材や、一見すると候補には入らないがこれまでの成長プロセス・状況を考慮すると候補者となりうるような人材の可能性も含め、スコープを広げる必要がある。そのためには、社内においてさまざまなリーダーを評価し、人材育成のニーズおよび有望な候補者への成長ポテンシャルを見極め、綿密な育成計画に基づいてその進捗を定期的に確認する必要がある。外部人材との比較によっても、リーダーシップや職務経験におけるギャップを明らかにし、このギャップを社内人材の育成により埋めることができる。また、早期にこれに着手することで、取締役会がさまざまな戦略シナリオに沿って複数の後継者候補を想定することができ、必要と思われる性質・リーダーシップ能力を備えた人材を確実に育成することが可能となる。

CEOは現場に最も近い存在であり、取締役があまり詳しく知らない新進気鋭の人材についてのCEOの評価は非常に大きな意味を持つ

CEOは、後継者候補の育成動向やマイルストーンについて、取締役会に情報提供する重要な役割を担っている。CEOは最も現場に近い存在であり、取締役があまり詳しく知らない新進気鋭の人材についてのCEOの評価は非常に大きな意味を持つ。時にCEOが後継者候補に特定の役割を与えることがある。これは、後継者候補に課題を投げかけ、彼らが企業知識を深め、成長を加速させるためであり、ひいては後継者候補としての習熟度に自信を持たせるためである。取締役会がこのようなエグゼクティブを候補者として考慮する可能性を高めるために、CEOがさらに一歩踏み込んで取締役会に対し、育成課題の具体的かつ明確な概要のほか、育成の成功イメージ・期間、育成目標達成に向けた進捗の評価方法を提示することを推奨したい。

リーダーは、組織文化のほか、組織自体が包摂的かつ公平な環境であるかどうかにも注意を払う必要がある。というのも、多様な人材が活躍できる環境整備を怠れば、正式な承継計画の始動前に、最もポテンシャルが高いリーダーを失うリスクが高まるからだ。優れた組織は、多様な経歴の人材を惹きつけるだけでなく、多様な経歴と高いポテンシャルを併せ持つ人材の成功への道筋をつけることでリテンションを高め、雇用主としての評判を高めている。より包摂的な組織となるためには、特定のマインドセット・行動・人材プロセスの変革が必要とされることもあるが、まず組織のトップから着手することが重要である。

戦略的な承継計画(CEO就任の5年以上前)において焦点となるのは、CEOとCHROが当たり前のように担っている育成の領域である。スペンサースチュアートのクライアントのあるCEOは、早い段階から意識して、多様な後継者候補約12名からなるパイプラインの構築に着手し、3階層もしくはそれよりも下に属する、非常にポテンシャルの高いリーダーやマイノリティーとされる経歴を持つリーダーを意図的にこのパイプラインに取り込んで育成に注力している。そしてリーダーは承継計画の一環として、彼らの成長・発展の基礎となる困難な職位に就くことになる。CEOが意識的に多様なパイプラインを構築したことで、5~6年後の承継のプロセスにおいて、取締役会が女性やマイノリティーグループの中から実績あるリーダー数名を選出する可能性が高まるのである。

選任関係者は、リーダーシップのパイプラインや候補者のタレントプールの多様性を、最終段階に至るまで厳格かつ意識的に管理しなければならない。コロラド大学の研究2によれば、類似の候補者からなる採用タレントプールに、他グループからメンバーが1名加入した場合、例えば男性候補者3名の中に女性が1名加入したような場合、この加入者が選出される確率はゼロだという。他グループの候補者が1名の場合、その候補者全体の中では「部外者」であるという感覚が誇張され、形骸化してしまうのだ。しかし、候補者タレントプールの中に、他グループからのメンバーが2名以上いる場合には、新たな現状維持の状況となり、彼らの存在が標準化することで全候補者が公平に評価される確率が高まり、前例のない経歴を持った人物が選出される可能性があるというのだ。

このプロセスを通して真に多様な候補者を繋ぎ止めることで、この「現状維持効果」が軽減されるだけでなく、少なくとも以下の2つの重要な目的が達成できる。

  • 厳格なプロセスにより、従業員やステークホルダーに対して、多様性、公平性、包摂性、優位性に対する企業の真剣なコミットメントを表明する。
  • 企業が広い視野で人材・ポテンシャルを考慮するよう求めていることを、候補者に認識させる。リーダー就任後には、タレントプールの質の継続的な改善という責務を負うのだ。

そのため、サーチや承継計画を主導する者は、職務経験とポテンシャル評価において実績ある客観的なツールを活用し、積極的に偏見に立ち向かう必要がある。

まず第一に、事業の将来像および競争環境を踏まえて組織の目標・抱負を盛り込み、明確かつ厳密に定義した役割責任を明示する必要がある。

そして、CEOとしての成功要件の精査が重要だ。例えば、取締役会の中には、特定の業界・企業における経験を、特定のスキルに置き換えて考える傾向がある。特に、経営幹部の候補者に多様性が見られない現状では、経験のみを基準に選任するとタレントプールがさらに縮小することになりかねない。

特に、経営幹部の候補者に多様性が見られない現状では、経験のみを基準に選任するとタレントプールがさらに縮小することになりかねない

必須の経験と望ましい経験とを精査することで、今後のビジネスに有益な視点・経験をもたらす可能性のあるハイポテンシャルなリーダーを登用することが可能になる。スペンサースチュアートの調査から、新CEOの選出に際して、取締役会が先入観によって過去のCEO経験を優先してしまう傾向があることが分かっている。1997年以降、S&P500社のCEOに占めるCEO経験者の割合は4%から16%に増加している。多くの取締役は、株主価値の向上に一番有効であるのが経験であると考えているが、スペンサースチュアートの分析から、就任から4年以降は過去のCEO経験が有利に働くことはないことが判明している。新任CEOは在任期間中、より高い市場調整後株主総利回り(TSR)を実現し、在任期間は平均して3年長く、CEO経験のあるCEOよりも安定した実績を残した。経験がある方が良いという一般的な考え方を捨てることで、期待値や特定のビジネス状況に応じて、取締役会や採用担当者が、役職に必要とされる、最も重要なリーダーシップ能力、マインドセット、ポテンシャルのある領域に的を絞った選任が可能となるのだ。

取締役会が将来のリーダーの必須要素を明確に理解していると、重要なリーダーシップの基準に照らして最終候補者を公正に評価し、トレードオフの可能性を評価することができる。エグゼクティブの評価に際して、含めるべき重要な要素の一つがポテンシャルだ。スペンサースチュアートのCEOに関する調査から、今日のトップリーダーには、新任CEOであれ経験者であれ、適応能力、学習能力、修正能力が不可欠であることが分かっている。俊敏性(アジリティ)、謙虚さ、共感力、レジリエンス、適応能力、不慣れで不透明な状況下での判断力や意思決定力などのリーダーシップ特性は、新たな課題・混沌とした現状に対応するために不可欠である。しかし、俊敏性(アジリティ)およびポテンシャルは、従来の人材育成手法では開発・評価が容易ではないため、ポテンシャルを評価対象にしたアセスメントツールを有する外部パートナーに頼る必要が出てくることがある。

厳密かつ客観的な手法を複数含む、確立・構造化されたアセスメント手法により、エグゼクティブに関する多角的な視点を得ることができるだけでなく、取締役会がポテンシャルの主な指標を特定し、こうした洞察を後継者選出の議論に取り入れられるようになるのである。

承継計画のプロセスには偏見が生じる、もしくはその可能性があるということを認識しておいて欲しい。軽度であっても頻繁にアンコンシャス・バイアスが生じると、これが積み重なって人材サーチや後継者選出の各段階において、タレントプールの多様性に悪影響を及ぼす可能性があるのだ。つまり、後継者選出の最終段階において、従来のグループ以外からの人材選出の可能性が低下するということである。アンコンシャス・バイアスは、組織のあらゆるレベルでの議論に潜んでいる。例えば、女性に「攻撃的な」ステークホルダーの対応を任せられるのか?リーダーとしての「スタミナ」はあるのか?自社は伝統的な企業だが、この人材は本当に自社の組織文化にフィットしているのか?といったようにである。

候補者選定において偏見が生じる可能性自体は、後継者選出のプロセスに多角的なアセスメントを組み込むことで最小限に抑えることができる。また、プロセスにおいて偏見がかかった人選となるリスクへの注意喚起が可能になるという意味において、暗黙の偏見に関するオープンな議論・トレーニングの実施も推奨したい。最後に、取締役にはこうした誤った思い込みに即座に疑問を呈することを厭わない姿勢が求められるが、正しい認識およびトレーニングの経験がありさえすれば、自信を持ってこれに対処できるのである。

最後に、CEO就任の準備が完全にできている人材は存在しないため、新任リーダーの選出を担う取締役会や、退任するCEO、CHROは、新たなリーダーが成功するために必要なサポートが何なのか明らかにしなければならない。機会へのアクセスが不足することで女性や他のマイノリティーグループの人材に経験上のギャップが生じる可能性もあるが、これは育成やコーチング、その他の機会やサポートにより対処が可能である。

新任リーダーの就任後には、これまでの経営陣や取締役会には馴染みのない経験や文化変容がもたらされるであろう。最悪の場合には、この新任リーダーが「部外者」扱いされてしまう可能性があるのだが、リーダーの交代には常に文化変容が伴うことを認識していれば、適切な対応が可能となる。取締役会や経営陣が、変化する環境・規範を意識し、マイノリティーグループ出身の新任リーダーのスタイルが従来とは異なる可能性を認識していれば、これを組織とリーダーシップの自然な発展の一部と捉えて変化に適切に関与していけるのである。

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今日のような変化の時代に、組織としての成功の可能性を最大化するために求められているのは、多様な経歴、スキル、考え方である。CEO後継者の発掘・育成のためのダイナミックなプロセスの導入が、より多様なタレントプールの構築および将来のリーダー像にふさわしい人材の発掘に繋がるのだ。

この記事は、Fortune.comに掲載されたものを改編したものである。

 

1 “Diversity in the C-Suite: The Dismal State of Diversity Among Fortune 100 Senior Executives” by David F. Larcker and Brian Tayan. Stanford Closer Look Series. April 1, 2020.

2 “If there’s Only One Woman in Your Candidate Pool, There’s Statistically No Chance She’ll be Hired” by Stefanie K. Johnson, David R. Hekman, and Elsa T. Chan. Harvard Business Review. April 26, 2016.